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心配するにも資格が必要

筆者 事務局

他人様のことを心配するのにも資格があるように思う。


問題に対処する能力も、余裕もないのに、他人様のことを心配して

「○○のこと、困っていないか?」

などとふって、

それで、相手が漸く勇気を出して話をしたとしても

その事に対して、なにもできないのであれば

相手には「相談しても無駄だった」と、虚しさが残り

声を掛けた方には、罪悪感が残るだけ。


本当に困っている人にとっては

つまるところ「同情するなら金をくれ」なのだ。

金もないのに、いたずらに心配するだけの輩には

「お前一体何なんだ?」と、いいたくもなる。


中には、相手の深刻な問題を、世間話のネタにする人間までいる。

「○○さん、××のことで、悩んでいるようなのよね...」と。

電話で「他の人にはあまり言わないで欲しいんだけど」といいながら、みんなに電話する。

ネタにする人間は、善意で話しているのかもしれないが

ネタにされる側にしてみれば、たまったものじゃない。

「本当に心配してくれるなら、黙ってくれ」が本音と思う。


「心配してくれる人がいるだけ、ありがたいと思え」

という人がいるが、「ありがたい」と思えるだけの余裕がないのだ。

相手の心遣いに気をつかうだけ、疲れが増すばかり。


「人に話すだけでも、楽になるものだ」

という人がいるが、話すだけで楽になる問題であればそれでいいが、それで済まないから問題なのだ。


まずは最低限、自分の生活・家族の生活を守れる人間でなければ

人様の問題について関心を持つ資格はないのだろう。

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  • Author:H&Dエデュケーショナル事務局
  • 当会は障害や、不登校等の問題、在日外国人の子供達等マイノリティの子供達を支援する非営利組織です。平成13年から活動を開始し、これまで主に重度の聴覚障害を持つ子供達の支援活動を続けて参りました。
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