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人のために生きれば孤独から解放されるのか?

筆者 事務局

ある有名な人の言葉。

「自分のためにでなく人のために生きようとするとき、その人は、もはや孤独ではない」

を見て思ったこと。


この「孤独ではない」が、宗教的・抽象的な他者との一体感を意味するのだとしたら、それはそうなのかもしれないが、私はそれで満足できるほど人間ができていない。

この言葉、このままでは個人的には受け入れられない。


実際「人のために生きる」という事は、誰かと出会って、その人のために何かを為すこと。

そして自分の行為によって、相手がどうなったのかを知ることになる。

「相手のためにしたこと」が「相手のためになる」場合もあるが、必ずしも「相手のためになっていない」こともある。

むなしい結果、マイナスの結果に終わることもある。

それでも相手とのつながり・絆が残ればいい。

しかし反対に、その相手からムゲに扱われ孤独を味わうことになる、という事も現実としてある。

人のために生きた結果、逆に人とのつながりを失うということが現にある。

恋愛においてしかり、結婚生活しかり、仕事しかり。

孤独な人生から逃れられた筈なのに、孤独に陥ると、多くの人はそこで相手を恨むことになる。

「人のために生きる」ことは、必ずしも「孤独からの解放」を意味しないのだと思う。

「自己の孤独からの解放」のために「人のために生きる」人は、もし周囲から疎外され孤独になるる可能性がでてきたならば、だれか人を犠牲にしてでも、自分を孤独から守ろうとするのだろうと思う。



「人のために生きる」というのは、たとえ孤独になっても、『自分が”価値がある”と信じる事』を大切にするという事なのではないか、と思っている。

自分の信じるところに従って生きて

その結果、人の役に立てば、それで幸い。

たとえ人の役に立たなくても、自分の信条を守ることができれば、それで幸い。

それでいいのではないか。


この名言を私なりに言い換えると

「孤独もまた楽しからずや。人事を尽くし天命を待つのみ」

というところか。

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