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指導の心構えについて~生徒のせいにしてはいけない~

筆者 事務局

学習支援をする中で、他の生徒さんの数倍の労力をかけて指導したのに、生徒の力が上がらないときがある。

そんなときの指導者の心構えとして、私がいつも心に留めて置いている事。

---

生徒の力が上がらない原因を

・生徒の努力が足りない
・保護者や学校の先生の教育が悪い

など、他人のせいしてはいけない。


生徒が努力しても、保護者や先生が一生懸命やっても、力が上がらないから
私が指導しているのだ。

それで力が上がらなければ、それは教えている私の力不足。

---

一方、手話教育の世界では生徒の力があがらない理由を、生徒のせいにしてしまう教師が、残念ながら多い。

指導者を養成をしている人たちが、そういう態度を見せているのも一因と思う。

・生徒の力があがらないのは、生徒の頭に日本語があるせいだ。
・生徒が授業のルールを守らないからだ。
・生徒に言葉のセンスがない。
・生徒が歳をとりすぎている。

として、生徒のせいにしてしまう。

「生徒の力があがらないのは、自分の力量不足だ」という謙虚な姿勢の手話教師に、会ったためしがない。生徒を評価することに関しては、得意なようなんですがね。。

なぜそんなに傲慢になれるのか、フシギに思っていた。

これでは、ろう学校の生徒を動物扱いにした、昔の口話主義者の教師と同じではないか。


手話指導をする前に、手話を指導する心構え・哲学が必要なんだと思う。

それが、いま、ない。

「先輩にやれと言われたから、リーダーにやれと言われたから」と、仕方なく指導している人間がいかに多いことか。

「情報弱者の情報保障・啓蒙活動・権利擁護」という、従来のろうあ運動の哲学では、もう支えられない。

「情報弱者の情報保障・啓蒙活動・権利擁護」という思想に基づいた指導では
・手話学習者の心の中に「かわいそうな聴覚障害者のために、手話を覚えてあげる」という意識を
植えつけてしまう。

手話奉仕員指導者テキストを読んでいて、そんなことを感じませんか?

そして、「手話を覚えてあげる」という善意の手話学習者や通訳者への反発として
・ろう者の文化や言語の主張
・生徒を評価することには熱心
・生徒を自分の弟子のように扱う
という態度が出てきて、広まっていく。

手話を言語だとするならば、手話というマイノリティの言語を教育する意義を当事者みずから熟考してもらい、新たな哲学を生み出してもらいたい。


(以下、独り言)

...手話を指導するろう者が、ろう者の世間だけをみて、そこに安住して活動しているうちは、何もかわらないのだろう。

車の両輪とかなんとかで、黙ってても色々やってくれるおせっかいな支援者が多いことも、ろう者がろう者世間に安住してしまうことの一因。

何かあれば、尻拭いしてくれる人が沢山いるから、読み書きができないような人を団体の事務局につけるというようなことも平気でできるんだろうなぁと思う。。

一度吸った支援者依存の甘い蜜からは、なかなか離れられない。

ろう者の仲間は大切。でもそこに安住してしまうと、社会一般からみて非常識なことでも、「これが定説だ」となり、それが常識だと信じてしまう。ライフスペースのように。

マルチ商法とか新興宗教が、ろう者世間の中で瞬く間に流行ってしまうのも、そうした視野の狭さが一因だと思う。
「マイノリティの言語を、それを母語としない人たちに指導する」という視点をもつことで、他のマイノリティの音声言語の問題と比較でき、大きな視野に立つことできる。

その視点に立てば、ろう者が置かれている環境や、行政に支えられている手話教育がいかに恵まれているかが、よくわかるはずなのですが...

...ろう者世間の意識改革は、ろう者でさえも諦めていること。

せめて問題提起だけはしておこうと思う。

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手話奉仕員養成講座の講義『ボランティア活動』を担当するのですが、テキスト通りにやろうとすると、やりにくいです。受講者の思考の順番を無視しているのではないでしょうか。

t_530000さん、こんにちは。

「ボランティア活動」は基礎課程で1時間ということになっていますね。

順番については、このあたりは市町村、実施団体によって違うのかもしれませんが、講師の都合や受講生の状況に合わせて変えているところもあるようですよ。私個人がカリキュラム・日程検討の担当者だった時は、できるだけ受講生の状況にあわせてやることを念頭に置いていました。

基礎指導書によれば、手話奉仕員の仕事についても、ボランティア活動の時間で話すようになっていますよね。

でも手話奉仕員の養成講座なのにも関わらず、奉仕員になる意思が全くない人が受講生の殆どだという場合があります。

「カルチャーセンター気分」の人たちに対して、専門的な話をするのは難しいです。

逆に受講生のモティベーションが下がってしまう。

そうなのですよ。
私も、少し前までなら頭から湯気を出してプンプンしていたのですが、心境の変化がありました。

ただ手話を学びたいだけのかたたちも、手話を学んでもかまわないでしょう。むしろ、そういうかたたちにも受講の許可を出してしまったことに原因があるわけですし、許可を出さざるを得ない事情もあるでしょう。

主催者が明確な目標を持っていてそれに合わない申し込みは断る、というのなら、テキストも効果的に使えると思うのですが。そうではない現実なので、先ずはそれを受け入れることから、と思うようになりました。不思議なのですが、そう思うようになってから、気が楽になりました。

それにしても、確かに、手話を学びたくて受講しているのに、いきなりボランティア活動とは、と始まると???でしょうね-。





t_530000さん、真面目な方なんですね(^^)

その事に対して問題意識を持つ聴覚障害者は、t_530000さんの周りにはいました?

きっと、いても少数ですよね。


彼らは、なぜか上で決まったことには逆らわない。

受動的というか、洗脳されっ子というか。

教育の問題なのかなと思っています。

手話教育や通訳養成、ろうあ運動の問題よりも、このろう者1人1人の主体性のなさという問題の方がよっぽど深刻だと思っています。

 真面目 という言い方をどのように受け取ればいいのか迷いますが・・込められた冷笑?も含めて・・はい、そうなのだと思います。

 以前一緒にセミナーを受講したH君は、今張り切ってますよ。彼はどちらかというと異端児かな。地方にいるという好条件や仕事柄もあって割と自由にやっているように見えます。惜しむらくは説明力、かな。いろんな角度からの説明には、やっぱり情報が必要なのだなと思いますね。

 対照的なA君は、ほんとに対照的 笑。全国情報には疎いのだけど、これと思うとまっしぐら的。一匹狼的なところは周りの責任なのじゃないかと思ったり。

 そんな彼らには確かに私の悩みは届かなくて・・・ 笑  H君だけじゃなくて、私自身も彼らに対して説明力不足を感じている、今日この頃です。

 事務局さんの仰っていることには、自省も含めて同感できることが多いのです。いや、自省ばかりかな? 笑

真面目という表現、お気を悪くされたらすみません。

私が感じていることなのですが

ろう者の当事者団体は、実質的にはろう学校卒業者の親睦団体です。何か目的を持って団体に入っているわけではない。

その点を見誤まって「聴覚障害者の生活改善のための団体」などと見てしまうと、不幸の始まり。

真面目な支援者は「聴覚障害者の生活を守るために、おかしいことはおかしいと指摘しなくてはならないと」と思ってしまいます。

でも彼らは「聴覚障害者の生活改善のために」集まっているのではありません。そこが彼らの居場所だから集まっているだけ。町内会のようなもの。町内会で運動したり事業したりするのは難しいです。

私達聴者は彼らにしてみれば町外の人間。町外の人間がきて、自分達の町内のことについてあれこれ言い始めたらうっとおしいですよね。

この辺の事情は地域によっても違うと思いますが、大抵の地域はこんな感じだと思います。

私は「ろう者の当事者団体は町内会」と見ることで、多くのナゾが解けました(^^)



説明力ですか....地元に説明力のあるろう者の方が居られますが
なぜか口が達者であることがワザワイして、逆に信用されない。

きっと原因の1つは先輩ろう者からの「嫉妬」なんだと思います。
その先輩が、あることないことを吹聴している。

う~ん、やっぱりムラ社会!!



講座の件ですが、多くの自治体でやっている講座の手話奉仕員の養成率(手話奉仕員になる人の数/受講者数)は1割以下だと思います。

講座にカルチャーセンター気分の学習者が集まっても奉仕員の数はまず増えません。
たとえ資格を与えたところで、活動はしないでしょう。

手話奉仕員を養成できず数が不足して、結果困るのは当事者の皆さんです。
そのことに当事者が問題を感じていないのであれば、第三者はどうしようもない。

行政の事業運営資金の元は税金。事業効果が低いとなれば、当然予算削減することになります。

個人的には、手話通訳を”食える仕事”にしていかなくては、何も始まらないと思っています。

 はい。真面目と言われてよい気持ちになったことはありません 笑。でも、相手はそのように言うしかないのですよね。私もその立場になったこともあるので解ります 爆。

 事務局さんの一連の記事を見つけたのはかれこれ一年前くらい。目から鱗でしたよ。自分の中でも微量に変化し始めていた頃だったので、まさに共鳴状態でした。

 内ゲバは学生運動だけにして欲しいですね。もったいないことだと思います。まあ、似たようなことはありますけどね。

 夕べも会議でしたが、「自分一人だけ頑張り過ぎないように」と言われたような気がして凹でます。www

 またお願いします。

事務局まで

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