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マイノリティ支援で、必ず支援者がぶちあたる問題 その1 ~怨念~ 

筆者 事務局

先日、在住外国人問題の意見交換会に参加したとき、意見を求められた。

そこで「聴覚障害者など言語弱者の支援で今起こっている問題は、おそらくこれから増えるであろう移民の人たちの支援をするときにも起こると思う」という話をした。

どういう問題なのかについては時間がなくて話ができなかったが、起こるであろう問題の1つについて、このブログで触れようと思う。


多くの支援者がぶちあたって、思考停止を来たしている問題。
そしてこれは、活動をやめるきっかけにもなっている。

それは、マイノリティ側がマジョリティに対して潜在的にもっている「怨念」。

支援者を「怨念」のはけ口にするのだ。

この「怨念」は、普段は顔を出さないが、やっかいな問題が出てくると必ず顔を出してくる。そして問題を複雑にする。

行政の人などは「感情の問題」で片付けてしまうのだろうが、八ッ場ダム問題やパレスチナ問題をみればわかるように、現場で活動している人にとっては、それこそ活動の成否に関わる問題になってくる。

多くの支援者はこの「怨念」に対し、

「つらい思いをしてきたのだから、仕方がない」と許容し譲歩してしまう。

怨念の背景を理解することは必要だが、それを許容し譲歩することは、多くの場合マイノリティの弱者権力化を助長するきっかけになり、お互いにとってよくない。

「自分はマイノリティの側に愛情もあり、立場も対等である」と思っている人ほど「怨念」のはけ口としては、格好の対象になる。

「わかってるふりすんじゃねーよ、お前に何がわかる、この偽善者が!」という話になる。

本当に対等だと思うのであれば、怨念が生まれた背景を理解した上で、いたずらに許容したり譲歩したりすべきではないと思う。

私自身この「怨念」に基づいた行動、例えば「自分たちは差別されてきたのだから、自分たちが他の人たちをちょっとくらい差別したり、この程度のワガママであれば、許されてもいい筈」と、次から次へとエゴを出してくる人間達に対して、どう対処したらよいのか、かなり悩んできた。

今は、障害者だろうが、被害者だろうが、自分の価値観に照らしてダメなものはダメだとする立場を崩さないことが、お互いの理解の出発点だと思っている。

「理解がない」とか「差別だ」と言われても、いたずらに理解を示すことはやめている。

例えば、聴覚障害者の世界にはこういう問題がある。

---

日本手話指導の世界では、これまで日本手話が言語として認知されてこなかったことの理由は、日本手話と日本語対応手話が混同されてきた事にあるとして、日本語対応手話やシムコム(声を出しながら手を動かす)を敵視する人たちがいる。

聞こえる人への手話指導は、日本語対応手話が多いので、手話人口としては日本語対応手話を使う人の方が圧倒的に多くなっている。いたるところに日本語対応手話が氾濫している状況であれば、日本語対応手話に対する悪い感情を持ってしまう理由は理解できる。

こういう状況下で、日本手話指導の指導者クラスの人間達の中には、日本語対応手話しかできない聴覚障害者や手話学習者に対してあからさまな差別的行動に出る人間がいる。

日本語対応手話話者の手話の真似をしてバカにしたり、話しかけられても無視をしたり、悪質なケースでは、手話指導時に、自分の嫌いな手話通訳者や聴覚障害者の名前を平然と使い「悪口例文」を作って、学習者に呈示する手話指導者までいる。

こうした行動に対し、日本手話を学んでいる手話学習者の多くは、差別があることを知っていながら沈黙している。

差別する側にとっては「日本手話が認められてこなかった」という「怨念」がある。
昔、日本語対応手話を指導する聴覚障害者や手話通訳者の中に、日本手話をバカにする人がいたのも事実。
だからとって、日本手話で話したくても出来ない手話話者への差別は、どう転んでも正当化できるものじゃない。

日本語対応手話を使う聴覚障害者を差別する日本手話指導者は
どんなに指導スキルがあろうが
カリスマ性があろうが
非難されて当然だと思う。

その差別的行為を正当化できる根拠はどこにもない。







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こんにちは

 いつも、拝見しています。
 ある時、このブログを発見して、吸い込まれるように過去ログを辿って読みました。仕事中に。偶然発見したときの記事は、確か高山で開かれた会議に参加されたことの記事でした。高山の近くに住んでいるので、目についたのですね。
 で、読み始めてはまってしまいました。
 私、手話に足を突っ込んで十数年。おっしゃることが手に取るようにわかる、(手話)年齢になった?のかどうか。とは言っても、いつも一歩引いていた私はマキシムな経験はなのですが、それなりの心理状態ではありました。でも、何がきっかけか忘れましたが、違う視点が見えるようになり、まさに「そうだったのか!!」の世界突入です。
 長くなりました。ということで、これからもコメント楽しみにしていますね。

taguchiさん、こんにちは。

もしかして、一昨年長岡まで来てくださったtaguchiさんですか?
その節はおつかされまでした(^^)
昨年高山にいきましたが、いいところですねぇ。

私は古民家が好きなので、飛騨の里にはまってしまいました。
新潟にも古民家はたくさんありますが、中に入れるところは少数です。
ああやって実際に囲炉裏に火をくべて、煙をたてて展示している所はなかなかありません。今度また夫婦で行きたいと思ってます。

ESCAPのイベント、あれは世界的に見ても高山市が高齢者、外国人、障害者に配慮したインフラや情報提供システムを整えていることに、国連担当者が注目した事もあって開催されたようですね。観光で成功した結果、ハード面、ソフト面のインフラを整えても元が取れると考えられるようになってきているんですね。

いま外国人観光客の間では、京都よりも高山が人気なんだそうです。
京都は近代化、観光地化されすぎて、魅力を感じないんだとか。
名古屋まで飛行機できて、そこから電車で高山に一直線。

看板やパンフなどによる情報提供は、外国人や聴覚障害、知的障害、視覚障害、高齢者を一緒にして考えたほうが効率的だと思っています。

先日も新潟や東京、富山などで外国人支援をしている日本人の集まりに参加しましたが、彼らの中には日本の障害者福祉制度についても学んでいる人もいます。

外国人支援関係者は皆さんは、気づいています。
日本が国際化していくというのは、日本に在住する外国人が増えるということで、その結果表面化するのは「外国人への福祉」の問題なんだと。

外国人の大きな問題の1つは日本語のリテラシーの問題。日本国内の代表的な日本語弱者である、ろうあ者の問題に注目するのは自然なことです。

おそらく今後、外国人支援関係者は「外国人だけでなく日本人の障害者や高齢者にも役に立つ」ということで、既存の日本の福祉制度を元にして制度を提案し、どんどん活動を展開していくのではないかと思っています。

はい。
その節はお邪魔しました。その後、H君は地元でチャレンジしてます。  

国際的な視野の無い私。英語は好きだったけど 笑。視野拡げなきゃ。

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  • Author:H&Dエデュケーショナル事務局
  • 当会は障害や、不登校等の問題、在日外国人の子供達等マイノリティの子供達を支援する非営利組織です。平成13年から活動を開始し、これまで主に重度の聴覚障害を持つ子供達の支援活動を続けて参りました。
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