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手話通訳者とコミュニティ通訳者の役割 感想その1

2009年5月に手話通訳士協会総会で行われた金城学院大学文学部教授 水野真木子先生の講演会の内容が、協会冊子に掲載されました。

読んだ感想を、何回かにわけて述べます。

---

●通訳者の役割モデルについて

通訳者の役割モデルには
・導管モデル(話をそのまま訳す)
・文化介助者モデル
・擁護者モデル
・介助者、ヘルパー、コミュニケーション促進役など
があるという話。

この話、とても重要だと思っています。

その理由は、通訳者自身が通訳の現場において「自分は何者か、何の役割で、なぜここにいるのか」を認識していないと、過干渉になったり、逆に使えない通訳者になったりで、通訳者として機能しなくなってしまうから、です。

とくに手話通訳者は「通訳者」ではなく「介助者」として認知されているケースが多いので、自分で自分のポジションを主張しないと、通訳業務に支障が出かねません。本当は通訳者対象者がその事を主張するべきところなのですが、そのあたりをしっかり認識できている人は、残念ながらごく少数。

また手話通訳者の多くも、聴覚障害者を「聴覚障害ゆえに援助が必要な人」だと捉えて、自分を「介助者、ヘルパー的役割」だと認識している人が多いと感じています。その背景には、聴覚障害者の多くが「手話通訳者=介護ヘルパー」と同列に見ている事もある。

私が手話通訳をやり始めた当時、地元で手話を教えていたベテランの手話通訳の方が

「手話通訳者の役割は、聴覚障害者の耳になることだ」

とおっしゃってましたが、こうした発言にみられる

「弱者援助の美学」

が、手話通訳の活動の大きな動機になっている節がある。

ウーム....。

コミュニティ通訳をやろうという人も、動機は同じようなものではないでしょうか?
困っている様子をみて、なんとかしようとして、始める。


まぁ他人様のことよりも、まずは自分がどうするか、ですね。

この「場に応じた通訳者の役割モデルの見きわめ」結構難しいです。


例えば、こんなことがありました。

「ここで、それ言っちゃー終わりでしょ」という言葉ありますよね。

それを通訳者対象者が言っちゃった場合に、どう対処するか、です。


【経験談】不利になると分かっている発言をどう通訳するか

以前勤めていた会社に聴覚障害の子が入ってきました。Aさんとします。

新入社員研修会があり、新入社員が仕事に関することを調べて発表するということがありました。
私は総務部からの業務命令で通訳に行きました。

Aさんは資料を配って、用意した原稿を元に、手話で発表しました。

私はその手話を読んで日本語に訳すのですが、Aさんから原稿を貰っていたので、話者の話を見ながら、その原稿を追いかけて読めばいい話でした。

ここまでは良かった。

発表が終わって質疑応答の時間になりました。

ある人が、Aさんが配った資料について質問をしました。

それに対してのAさんの答えに私は驚愕。


Aさん「その資料ちゃんと読んでいないので分かりません」


これをなんと通訳したらよいか。


私は、その研修会での自分の役割について
上の通訳者の役割モデルに当てはめれば
・導管モデル70%+文化介助者モデル30%
と考えていました。

「文化介助者モデル30%」というのは、社員研修を行う人事部は、聴覚障害者への配慮の方法、例えば聴覚障害者や通訳者の座席の位置などをどうすればよいか等については知らないので、アドバイスする必要がありましたし、また、ろう学校卒のAさんには研修会の流れについての話がちゃんと入っていなかったので、経験者の私が説明するなどのことがあった為です。


私は、このとき心を鬼にして、”導管モデル”で通訳しました。

Aさんは、ろう学校で「自分が調べたものを発表する」という経験がなく、「その資料ちゃんと読んでいないので分かりません」という自分のセリフが問題あるものだという認識も、おそらく無かったんだと思います。

通訳者としては合格なんでしょうが、会社の先輩としては心情的にはつらいものがありました。

(こういう経験も、私を聴覚障害児教育の方に向かわせたきっかけになっています)

その晩「自分が内容を把握していない資料は配布してはいけないこと」「あれはいっちゃいけんよ」という話をしようとAさんをラーメン屋に誘いました。

Aさんは「もう終わったこと」と言って、どこ吹く風?といった態度。
チャーシュー麺を普通に食っていました。

「なんだ、反省の色まるでなし。あっさりしすぎ。ラーメンはコッテリ系が好きなくせに。ほっといていいんだか、わるいんだか。ラーメンおごるべきじゃなかったな...」

当時はそんな風に思ってました(^^;


通訳者の役割の話をするとき、当事者からは、両極端のニーズがでてきます。

・干渉はするな。
・何かあれば助けて欲しい。

でも、どこからが干渉で、どこからが援助が必要なのかが、その線引きの仕方が人によって違う。

結果的に、転ばぬ先の杖で、少々干渉していた方が後先無難という話になってしまう。

過干渉の手話通訳者を問題視する聴覚障害者がいますが、その前に、まずは「通訳者は介助者ではない」ことを
身内に啓蒙をしてほしいものです。


手話通訳者を介助者的役割から解放するためには、やはり聴覚障害児教育が重要。

さらに「自分が楽をするために介助者的役割を求め続けるような聴覚障害者」に対しては、そのエゴを通訳者がきちんと見極めないといけない。

日本手話話者に対しては、日本語対応手話ではダメ。上手くかわされて、逃げられますから。

しっかり話し合いをするためには日本手話を話せなくても、しっかり読み取れることが大切。

これに加えて、水野先生の話にもありました”人生経験”が必要。


障害者ぶって同情を買う演技をさせたらプロ級という 悪知恵の働く人には

「聞こえない人たちのために、ちょっとでもお手伝いができれば」

なんていう通訳者は、即刻KOされてしまうでしょう。

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