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帰属意識

筆者 事務局

昔、通訳の学校に行っていたとき同級生に、とてもチャーミングな女性がいた。

話していると、家族にとても大事にされて、可愛がられて育ったんだなというオーラが伝わってきた。

この女性は家族で某宗教グループに入っていて、選挙が近づくと、同級生に票のお願いや、新聞の勧誘などをしていた。


幸か不幸か、私にもお誘いがきた。

私にしてみれば、そういった勧誘は迷惑千万だった。


でも考えてみると、あれだけの巨大組織で、末端の信徒まであのような熱心な活動をさせてしまうというのは、それはそれですごいことだと思った。

何がそこまで彼女を動かすのか、彼女になったつもりで考えてみた。


おそらく彼女にしてみれば、その宗教グループは家族同然なのだろう。

そこから抜けることは、多くの人との絆を絶つこと。

そこにいるから、家族とも仲間ともつながっていられる。

信仰や信念、信条がどうのこうのという前に、そこが彼女の居場所であり、アイデンティティの基。

価値観が多様になっている世の中で、思想と仲間と家族がセットで1つ所に落ち着けるというのは、とても幸せな事だと思う。

こういう人たちに個人レベルで、政教分離とか、信仰のあり方がどうのこうのと攻撃しても、そういう話をすること自体がナンセンスなのかもしれない。


人は自分の居場所を守るためなら、信条も平気で曲げ、嘘もつき、人も傷つけられる生き物だから。


ボランティア活動にも同じことが言えるのではないかと思う。

問題の所在が分っていても、それについてコミットした結果、ボランティア仲間から村八分にされる可能性があれば、殆どの人は何もしない。

何もしないでも、赤信号みんなでわたれば怖くないで、攻撃もされないし、責任も問われない。

みんなが決めたことにハイハイとついていけば、それで安心。

そういう人たちは、問題や課題を話す空気もタイミングも場も作ろうとしない。

彼らは支援対象の問題よりも、集団の中での自分のポジションが優先する。

とりあえず引かれたレールに乗っかっていれば、自動的に仲間もできるし、よそ様からはいい事していると見られるし、それによって自尊心も持てる。

ボランティア活動をする人たちを「偽善者」という人たちがいるが、ある意味当たっているところもあると思う。

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