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政治家に聴覚障害の問題をどう伝えるか

筆者 事務局

以前、ある議員さんに言われた。

「聴覚障害の問題は非常に分りにくい」

その通りだと思う。

聴覚障害の世界にいる人でさえ、聴覚障害者のあまりのバリエーションを前に、全体がどうなっているのか分らない状況なのに、第三者なら尚更分らないだろう。

同じ聴覚障害でも、先天性と中途失聴では抱えている問題が大きく違うし、またお互いの事をよく知らない。

聾学校卒と普通学校卒でもなかなか理解しあえないし、一緒に活動することはほぼないと言っていい。地域によっては中途失聴・難聴者の団体が会員募集をはじめると聾学校卒業者でつくる聴覚障害の団体が「テリトリーを犯された」として嫌がらせをするということもあるのだから、始末におえない。

聞こえない子どもを持つ親も、将来子どもが入っていくであろう聴覚障害者の世間がどうなっているのかを知らないし、知ろうともしない。

また手話関係者は要約筆記のことは知らないし、要約筆記関係者は手話のことを知らない。

関係者さえもこんな状況で、どうやって第三者に説明すればいいのか。

これは「聴覚障害」という「障害種」を切り口にして説明するから、分りにくくなるのだと思っている。

個々の問題に分けて取り組むしかないと思っている。

例えば聴覚障害児教育については
「日本語獲得の問題」
「家庭内のコミュニケーションの問題」
「社会的経験の不足」
「少数派ゆえのアイデンティティの問題」
などなど

成人の聴覚障害者の問題、手話通訳や要約筆記の問題は
「日本語を母語としない人たちの問題」
「情報弱者の問題」

というように。

例えば「手話」の話も、「言語か、言語でないか」という話を持ち出して、やれ対応手話だ、やれ日本手話だと話をしても、第三者は興味を持たないし、大変わかりにくい。

手話を使う人にとってみればアイデンティティに関わる重要な話なのだろうが、一般の人や代議士にとってみれば、そんな話は「マニアの世界」の話でしかない。それが現実。

しかし「手話」を「災害時の情報弱者の問題」という切り口で問題提起すれば

・災害時、被災者に必要なのは「安心」と「安全」だ。
・手話は顔をあわせて話をすることで「心と心、人と人をつなぐもの」。人とのつながりが災害時に「安心」につながる。だから手話は大切だ。
・要約筆記等の日本語による情報は「情報を伝えるもの」。これによって「安全」を得られる。だから要約筆記は大切だ。

と簡単に整理ができる。これなら、あまり興味を持とうとしない代議士にも分ってもらいやすい。

「情報弱者の問題」という切り口なら、視覚障害者だけでなく、車椅子、日本語を母語としない在住外国人や知的障害関係者と協力しあうことができる。「聴覚障害者だけの問題」としないで済む。

「そんなボランティア的発想だけで手話を捕らえられるのは嫌だ」
「手話は言語であることを理解して欲しい」

というのであれば、

「日本語を母語としない人たちの問題」という切り口で、日本語を母語としない在住外国人の問題と手話話者の問題を絡めて、外国の音声言語と手話言語を同列にして話をすれば、手話が中国語やポルトガル語と同じような外国語に見えてくるだろう。

このような話をすると
「勝手なことを言うな。当事者団体の方針・意見に沿わない考えは駄目だ」という人がいる。

彼らは「当事者主義」という言葉で自己正当化する。

しかしその「当事者主義」が、他者のことを考えない「独善的な当事者主義」であるなら与する必要はない、当然だ。

独善的か否かを判断するのは簡単。

自分にとってのメリット、デメリットしか言わない当事者なら、それは独善的と言っていいと思う。

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  • Author:H&Dエデュケーショナル事務局
  • 当会は障害や、不登校等の問題、在日外国人の子供達等マイノリティの子供達を支援する非営利組織です。平成13年から活動を開始し、これまで主に重度の聴覚障害を持つ子供達の支援活動を続けて参りました。
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