スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『喜びも悲しみも共にする聴者』を選ぶ権利がある

筆者 事務局

「ろう文化」云々いう若い人たちに会ったことがある聴者は皆感じていると思う。

ろう者の側が「一緒に活動する聴者を選んでいる」と。

この傾向は今後ますます強くなると思います。

結論から言えば、それはそれでいいんじゃない?と思っています。


彼らは、何の良心の呵責も感じることなく、自分に都合のいい聴者を選ぶ。

思い通りにならなければ、他を選ぶ。

通訳者の中には、ろう者から捨てられるのが怖くて、奴隷のようになる人もいる。

気に入れられようと頑張る人もいる。

自分らしさを捨ててまで、ろう者のマネをしたりして。

虚しい努力なのに・・・


聴者が、一緒に活動するろう者を選ぶ場合は選択肢は限られているが

ろう者の側にしてみれば聴者を選ぶ場合は、よりどりみどり(^^)

手話通訳者養成学校の教員の中には、聴者と一緒に活動するどころか、聴者学生を兵隊として使っている不届き者もいる。


『人を道具を取り替えるかように選ぶ行為』が人と人との信頼関係をぶち壊すのは当然のこととして

原則、一緒に活動する人間を誰にするかは、障害があろうがなかろうが、その人の自由。


ベテラン通訳者の皆さんは「ろう者が聴者を選ぶのは自由だが、その逆は無い」と思っていると思う。

しかし、いつまでも、ろう者を子ども扱いするのはどんなものか?と思う。

普段会っているろう者が依存的な人が多いから、そうなってしまうのだろう。


かわいそうなのは

「喜びも悲しみもろう者と共に・・・」という物語に洗脳された聴者の皆さん。

『ろう者=絶対弱者』という図式を頭にこびりつけられた人たち。

そうではないことを知っていても、この図式を否定してしまうことに罪悪感を覚えてしまうよう洗脳されてしまった。

だから、この考えから離れられない。

大変な人たちは他にも沢山いるのに、ろう者だけは特別扱いしてしまう。


こういう皆さんは、どんなにろう者が幸せな様子をみても、『ろう者=絶対弱者』の図式を守るために、他のネタをさがす。

ああいう問題がある、こういう問題がある、と。

でも一般の人は、そのような問題が他の障害種や一般の人たちもあることを知っている。

だからなかなか理解されない。


ところが理解されない理由が、自分達にあることを理解しようとしない。

「理解しない人たちが悪い」

「もっと運動しよう」

ということになる。


障害者運動に限らず、ある程度目的を達成した運動なら解散した方がいい。

環境保護団体グリーンピースのように「存在意義、活動意義がなくなる事が目的」となればいい。

そうすれば、こうした可愛そうな聴者を生まずに済む。

コメントの投稿

非公開コメント

事務局まで

名前:
メール:
件名:
本文:

日本語教材サイト
アクセス数
先人の知恵


presented by 地球の名言
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー

プロフィール

H&Dエデュケーショナル事務局

  • Author:H&Dエデュケーショナル事務局
  • 当会は障害や、不登校等の問題、在日外国人の子供達等マイノリティの子供達を支援する非営利組織です。平成13年から活動を開始し、これまで主に重度の聴覚障害を持つ子供達の支援活動を続けて参りました。
ブログ/Webサイト紹介
障害・病気について知る
ブログ内検索
RSSフィード
検索エンジン
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。