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有田焼にペンキを塗るようなもの

筆者 事務局

地域の手話通訳養成の話。



昔、手話とは何かもわからないまま、日本語対応手話を学んだ。

学生のときである。聴覚障害の世界を知らねばと思い真剣に学んだつもり。


その後ろうの人たちと会って、全く手話が違うことに愕然とした。

そこから日本手話がなんとなく分かるようになるまで5年かかった。


日本語対応手話を覚えた後で日本手話を学ぼうとすると非常に苦労をする。

今も相変わらず日本手話と称して、日本語対応手話を教えている聴覚障害の手話講師には、こうした手話学習者の苦労は、分かりようがないだろう。

誠実な手話講師なら襟を正すが、手話指導の場が自分の居場所になっている人間はやり方を変えない。

あとで苦労するのは、手話学習者なのに。

私の周りには日本手話が分からず手話通訳をあきらめた優秀な人が何人もいる。


さて本題。


昨年、手話通訳養成学校を卒業した子が帰郷した。

手話通訳を見たが、古くからいる手話通訳者よりも手話通訳が上手。

しかし、その子は地元では通訳活動をすることができない。



なぜか



その地域で手話通訳をするには、また数年かけて講習会を受けなければならないのがルールだからだ。

通訳の人材が少ない新潟のこと。手話通訳能力がある人なら、活動できるようにすべき。


講習会も講師の質がしっかりしていれば、まだまし。

しかし、その地域の講習会講師はバリバリの対応手話。


日本手話と日本語対応手話の感覚は全然違う。

せっかく有田焼の皿が手に入ったのに、美しい絵の上にペンキで色を重ね塗りするようなものだ。

こうしてまた能力のある人の時間と技術が失われていく。


地域の聴覚障害者との信頼関係は大切だが、この言語教育という専門性が求められるところに
当事者というだけで、事業を丸投げする行政は無責任だと思う。


病気を患っているから病気の苦しみがよく分かる。だから直し方もわかるはずだと、病人だという理由だけで病人を医者にするようなもの。


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