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わたしはわたし

聴覚障害の友人がこんなことをよく言っていた。

「一番偉いのが健聴者、その次が難聴者で、俺のようなろうあ者は一番最後だ」

「聞こえることがよいことだ」という価値観を学校や家庭で叩き込まれてきた彼は、コンプレックスからどうしても抜けられないように見えた。

私がみてきたのは

・嘘をついても、なんら罪悪感を感じない
・自分のテリトリー作りに奔走する
・相手の弱点を握って、それをネタにゆする。
・強い者には媚び、弱い者は虐げるという卑屈な態度

そんなろう者達の姿だった。これは劣等感のなせる業だと思っていた。

私が日本手話やろう文化を尊重してきたのは、なにもそれが学術的に証明されているとか、目新しいものだからいうわけではない。

日本手話については自分の語るコトバが決してデタラメではなく、コトバとして受け止められるだけの価値のあるものなのだという気持ちをもって欲しかったからだ。今でも「手話はデタラメな言葉」と信じているのは、ろう者自身の方が多いのではないだろうか?

ろう文化の話も、健聴者と摩擦を生じた時に、なぜそうなったのか考えるきっかけにしてほしかったからだ。「健聴者が全て正しい」と信じて疑わないろう者は今でも多い。

プラスのセルフイメージを持って、下らないコンプレックスから抜け出してほしかった。そうすれば、ろう者社会の中の下らない人間関係のすったもんだが原因で、コミュニティメンバーが振り回されることは減ると思っていた。

ところが、この「日本手話」「ろう文化」の話をきいたろう者達の多くは違う方向へ行ってしまった。

自分の存在を確認するため、他者と自分を区別する秤としてしまった。

コンプレックスを解消するための装置になると思っていたものが、自分を特別な存在とするための排他装置、他の聴覚障害者に対して優越感を維持するための道具になってしまったことを、非常に残念に思っている。

今世界中のいたるところで、違いを認め合い乗り越えようとしている中で、あえて違いを強調する物言いは社会から認知されない。もし認知されるとすれば、それは被差別者ゆえの同情心に拠るものでしかない。

「わたしは●●者である」という前に「わたしはわたしだ」という所に戻らねばならないと感じている。

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はじめまして!

田村太郎さんのブログのTBから飛んできました!

『今世界中のいたるところで、違いを認め合い乗り越えようとしている』という
言葉に、強くひきつけられました!

私も発達障害というある意味で「苦手さ」を持っている人たちと、
いわゆる健常といわれる人の

「間」  (実は、線が引けるわけでもなく
線を引いているのは…誰なのか?と言う疑問を持ちつつ)

をつなぐことができたらいなぁ…と想って
ささやかな活動をしています。

また是非、いろいろなことを教えていただけますよう
どうぞ、よろしくお願いいたします。

(小さなセルフヘルプグループを立ち上げて
始めたばかりなので、これからいろいろな課題も出てくると思いますので。)

Re:はじめまして!

風待人さん

コメントありがとうございます。発達障害者支援のグループを立ち上げられたとのこと、無理の無いよう頑張ってくださいね。

最近感じていることを記します。

障害の種類や種別は、医者や行政が便宜的に決めたもので、個々にみていけばとてもグループには分けられませんよね。

共通しているのは、同じ人間だということ。その本質はそんなに変わらないと思います。

文化の違いがあっても、それはその違いを知る事で、お互いを知るいきっかけにはなっても、理解しあえない理由にしてはいけないと思っています。

また相手がマイノリティであれば、マジョリティ側の人間に対する恨み・憎しみを持っている人が多いでしょうし。

善意でマイノリティ側に寄り添った結果、攻撃しやすい人間として彼らの攻撃を受ける事にもなる。

ろう者の問題でいえば、彼らの主張の多くは、結局は自分が何者かというアイデンティティの問題に収束するのだと思っています。このことは人間として普遍的な問題ですよね。

また聴覚障害関係団体は「外見では判断できない障害」であるとして、その障害の特殊性を叫ぶのですが、実はこのことは発達障害も外国人も共通した問題ですよね。

その他、災害時の情報保障の問題についても、聾学校卒業者の多くは日本語の読み書きが苦手です。避難所に行っても、難しく書いている情報は理解できません。これは発達障害者も外国人も同じですよね。

マイノリティの問題は、その問題を普遍化させないと社会に問題提起することは難しいです。

田村さんのような外国人支援関係や他の障害者支援者とのかかわりの中で、その普遍化のための作業を模索をしたいと考えています。

お返事ありがとうございます!

そうですね…
「生きにくさのようなものを障害とすると…」
それは、持っているものプラスまわりの環境によることになると想うので
どんな人にとっても安心して暮らせることを
いろいろな視点から、目指していけたら良いなぁと想います。

あまり普及していないかもしれませんが
横浜には、コミュニケーションボードという
ツールがありますがご存知ですか?
http://www.city.yokohama.jp/me/kenkou/shogai/kankoubutu/board/kyukyu.html
また。是非いろいろとお話させてください!
事務局まで

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  • Author:H&Dエデュケーショナル事務局
  • 当会は障害や、不登校等の問題、在日外国人の子供達等マイノリティの子供達を支援する非営利組織です。平成13年から活動を開始し、これまで主に重度の聴覚障害を持つ子供達の支援活動を続けて参りました。
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