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コミュニティ支援活動のワナ

筆者 事務局

弱者だろうが障害者だろうが健常者だろうが、社会からどんなレッテルを貼られようと、人間の本質はそんなに変わらない。

たとえば、頼んでもいないのにやってくれる人間が周りに大勢いては、「やってもらって当然」と思うようになるのは障害者だろうが、健常者だろうが依存的になるのは自明の理。

弱者を支援しようという場合、その善意は一般論では賞賛するべきものだが、その善意が必ずしもプラスに働くとは限らない。却って事態を悪化させる場合もある。支援活動を行う人間は、自分の行っている行為が「社会的にどう評価されるか」ではなく、支援している対象や、そのコミュニティに対してどのような結果をもたらしているのかを常に検証する必要がある。

それを検証しないと、次のような事が起こる。以下は、以前実際にあった話。

---

その地域の当事者団体は、聴覚障害者であるA氏が全てをしきっていた。

彼の横暴ぶりが伺えるこんな逸話がある。

A氏は一度会長選挙で落選したが任意団体で選挙のルールもしっかり決めていなかったため、会員になっていなかった判断能力の低い未就学の高齢ろうあ者を大勢会員に入れ、勝手に再選挙を行い、勝手に会長になってしまった。それに対してだれも反対できなかった。その地域の聴覚障害者は、だれもがその人間を怖れていた。

A氏は、その地域の手話通訳養成、登録、派遣の権限を全て握っていた。彼の横暴なやり方にNOと言った通訳者は全員登録から外された。自分が認める手話講習会の会員、手話サークルの会員以外は登録させないという方法を取っていた。

その地域の当事者団体は文字通りA氏の"城”であり、行政の手話通訳サービスは彼の支配下にあったのだ。

そんなときである。県外からある通訳者が故郷に帰ってきた。B氏としよう。

その地域は優秀な手話通訳者が少なかったために、B氏はすぐさまA氏の目に留まった。

B氏はこういっていた。

「私は地域の聴覚障害者と共に歩んでいきたい」

「私は地域の当事者団体と歩んでいきたい」


B氏の志は一般的にみれば賞賛されるものなのだろう。

しかし繰り返すが、その地域の当事者団体はA氏の”城”だったのである。

A氏によって虐げられている聴覚障害者や通訳者が大勢いたのだ。。

B氏はその実状を知っているのにも関わらず、自分の社会的評価を優先した。

「当事者団体を支援する事が、正しいことなのだ」と。

結果として、B氏はA氏の専属通訳のようになった。

B氏にしてみれば、自分は「聴覚障害者と共に歩んでいる」のかも知れないが

実状は「A氏の縄張り作りに協力している」にすぎない。

A氏に協力することで、B氏は支援者としての地位を固めていった。

そして、A氏によって虐げられる聴覚障害者や通訳者は増えていった。


社会的弱者の支援活動は往々にして

「特定の人間の”城作り”に協力しているに過ぎない」

「特定の人間のエゴイズムを助長しているに過ぎない」


という結果に終ることがある。

大きな団体だから
伝統のある団体だから
有名な人だから

といって、必ずしも

あなたの善意を有効に活用してくれるとは限らない。
それどころか悪用されている場合もある。

自分の善意の行き先がどこなのかは、自分自身で検証しなくてはならない。

テーマ : NPOの仕事
ジャンル : 福祉・ボランティア

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H&Dエデュケーショナル事務局

  • Author:H&Dエデュケーショナル事務局
  • 当会は障害や、不登校等の問題、在日外国人の子供達等マイノリティの子供達を支援する非営利組織です。平成13年から活動を開始し、これまで主に重度の聴覚障害を持つ子供達の支援活動を続けて参りました。
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