月刊「言語」Vol.37 No.2 「言語権とは何か?」読んでみました。
筆者 事務局
にいがたNGOネットワーク事務局長の相澤さんから「面白い論文が出た」と教えてもらい、早速読んでみました。その中で、私たちの活動に大きく関わる内容の話があったので、紹介を含めて感想を記します。
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月刊「言語」Vol.37 No.2 P68-75
題名:言語権の保証としての「コミュニティ通訳」
筆者:千里金蘭大学人間学部人間社会学部 水野真木子(通訳論)
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この論文は日本に住む外国人の通訳の話です。以下は上記論文の一部を我流でざっくりとまとめてみました。
●コミュニティ通訳の特徴
会議、ビジネス、外交の通訳とは違い、通訳対象の二者の間に以下の特徴がある。
1)力関係の差(知識量、情報量、権限)例)医者ー患者、警察官−容疑者
2)言語的な多様性
3)文化的要素
4)基本的人権の保護に直結する。
●コミュニティ通訳の場
1)司法通訳
2)医療通訳
3)行政通訳
4)学校通訳
●通訳者の倫理
1)守秘義務
2)正確性
3)中立性
これはほぼ100%、聴覚障害者対象の通訳にも当てはまる話ですよね。
例えば
●コミュニティ通訳の特徴
2)言語的な多様性
未就学の人、聾学校卒の人、普通学校卒の人、中途失聴の人、手話コミュニティから孤立している人、手話コミュニティのメンバーの人、それぞれで通訳に使う言葉も変わってきますし。
3)文化的要素
私たち健聴者が高コンテキスト文化(言葉よりもその裏にあるものを読み取ろうとする文化)であるのに対し、手話コミュニティにいる、ろう者の多くは低コンテキスト文化(言葉面を尊重する)の傾向が強い。
●コミュニティ通訳の場
4)学校通訳
聾学校の入学式や卒業式などは、校長先生の話が、生徒や聴覚障害の保護者に伝わるように、手話通訳や要約筆記がつきます。
また聴覚障害を持つ保護者が、先生との面談時など希望すれば手話通訳がつきます。
その他、普通学校に通う聞こえない子どもや学生には、授業中ノートテイクや手話通訳がつきます。大学については、障害学生に対する学習保障が進んできていますが、小中高については制度的には、どの地域も未確立だと思います。要望しても、必ず情報保障がつくとは限らない。
校内の補助教員がノートテイクをしたり、地域のボランティアセンターから派遣してもらったりという方法で、制度的に確立されていないため、現場の方々が知恵を出し合いながら、頑張っているという状況です。
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【感想】
同じ本の中に聴覚障害者の問題に関する上農さんの連載記事がありました。「聴覚障害者の問題は複雑であるから、根気強く説明して行かねばならない」とありましたが、学者さんはそれが仕事であるので、それでいいと思います。
しかし実際に社会に働きかけ、子どもや聴覚障害者と接している者としては、語り方を常に考えなくてはなりません。聴覚障害者の状況をたとえ100%正確に説明できたとしても、相手が10%しか理解できなかったら何の意味もありません。たとえ全体の50%しか説明できなかったとしても、それで相手が30%理解してくれるのであれば、この方法をとるべきだと思います。
当事者団体と一緒に活動していると、「聴覚障害者問題、手話通訳の特殊性」という面だけが強調されすぎ、いつの間にか支援者の側も「社会は理解してくれない」という感情を持ってしまいがちです。
そして手話サークルや手話通訳を担う方々は「なかなか理解されない問題を抱える人たちを支援しているのだ」という所に、アイデンティティを置いてしまう。
新しく手話を学ぶ人たちや若い通訳者に「若いあなた達が関われるような、そんなに甘い問題じゃないのよ」と、聴覚障害者の問題の複雑さを逆手にとって自分のステータスにしてしまう。
”手話通訳道”をつくってしまうんだなぁ。
日本人は”道”がスキですから(^^)
※私自身が通訳をやるので、自戒の意味も込めてかいています。
少数者の問題は、その問題の特殊性をただ社会に理解してもらうのではなく、他の人たちとの問題と見比べて、最大公約数的なところを探して、問題を普遍化して問題提起していかなくてはいけないと常々思っています。
これだけ在日外国人の問題が、手話を母語とする聴覚障害者の問題と酷似しているわけですから、一緒にやらない手はないと思います。
これまで積み重ねてきた手話通訳者養成のノウハウや通訳倫理、関係団体とのネットワーク、これがそのまま、外国人へのコミュニティ通訳養成に役立つかも知れません、調べてみます。
にいがたNGOネットワーク事務局長の相澤さんから「面白い論文が出た」と教えてもらい、早速読んでみました。その中で、私たちの活動に大きく関わる内容の話があったので、紹介を含めて感想を記します。
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月刊「言語」Vol.37 No.2 P68-75
題名:言語権の保証としての「コミュニティ通訳」
筆者:千里金蘭大学人間学部人間社会学部 水野真木子(通訳論)
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この論文は日本に住む外国人の通訳の話です。以下は上記論文の一部を我流でざっくりとまとめてみました。
●コミュニティ通訳の特徴
会議、ビジネス、外交の通訳とは違い、通訳対象の二者の間に以下の特徴がある。
1)力関係の差(知識量、情報量、権限)例)医者ー患者、警察官−容疑者
2)言語的な多様性
3)文化的要素
4)基本的人権の保護に直結する。
●コミュニティ通訳の場
1)司法通訳
2)医療通訳
3)行政通訳
4)学校通訳
●通訳者の倫理
1)守秘義務
2)正確性
3)中立性
これはほぼ100%、聴覚障害者対象の通訳にも当てはまる話ですよね。
例えば
●コミュニティ通訳の特徴
2)言語的な多様性
未就学の人、聾学校卒の人、普通学校卒の人、中途失聴の人、手話コミュニティから孤立している人、手話コミュニティのメンバーの人、それぞれで通訳に使う言葉も変わってきますし。
3)文化的要素
私たち健聴者が高コンテキスト文化(言葉よりもその裏にあるものを読み取ろうとする文化)であるのに対し、手話コミュニティにいる、ろう者の多くは低コンテキスト文化(言葉面を尊重する)の傾向が強い。
●コミュニティ通訳の場
4)学校通訳
聾学校の入学式や卒業式などは、校長先生の話が、生徒や聴覚障害の保護者に伝わるように、手話通訳や要約筆記がつきます。
また聴覚障害を持つ保護者が、先生との面談時など希望すれば手話通訳がつきます。
その他、普通学校に通う聞こえない子どもや学生には、授業中ノートテイクや手話通訳がつきます。大学については、障害学生に対する学習保障が進んできていますが、小中高については制度的には、どの地域も未確立だと思います。要望しても、必ず情報保障がつくとは限らない。
校内の補助教員がノートテイクをしたり、地域のボランティアセンターから派遣してもらったりという方法で、制度的に確立されていないため、現場の方々が知恵を出し合いながら、頑張っているという状況です。
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【感想】
同じ本の中に聴覚障害者の問題に関する上農さんの連載記事がありました。「聴覚障害者の問題は複雑であるから、根気強く説明して行かねばならない」とありましたが、学者さんはそれが仕事であるので、それでいいと思います。
しかし実際に社会に働きかけ、子どもや聴覚障害者と接している者としては、語り方を常に考えなくてはなりません。聴覚障害者の状況をたとえ100%正確に説明できたとしても、相手が10%しか理解できなかったら何の意味もありません。たとえ全体の50%しか説明できなかったとしても、それで相手が30%理解してくれるのであれば、この方法をとるべきだと思います。
当事者団体と一緒に活動していると、「聴覚障害者問題、手話通訳の特殊性」という面だけが強調されすぎ、いつの間にか支援者の側も「社会は理解してくれない」という感情を持ってしまいがちです。
そして手話サークルや手話通訳を担う方々は「なかなか理解されない問題を抱える人たちを支援しているのだ」という所に、アイデンティティを置いてしまう。
新しく手話を学ぶ人たちや若い通訳者に「若いあなた達が関われるような、そんなに甘い問題じゃないのよ」と、聴覚障害者の問題の複雑さを逆手にとって自分のステータスにしてしまう。
”手話通訳道”をつくってしまうんだなぁ。
日本人は”道”がスキですから(^^)
※私自身が通訳をやるので、自戒の意味も込めてかいています。
少数者の問題は、その問題の特殊性をただ社会に理解してもらうのではなく、他の人たちとの問題と見比べて、最大公約数的なところを探して、問題を普遍化して問題提起していかなくてはいけないと常々思っています。
これだけ在日外国人の問題が、手話を母語とする聴覚障害者の問題と酷似しているわけですから、一緒にやらない手はないと思います。
これまで積み重ねてきた手話通訳者養成のノウハウや通訳倫理、関係団体とのネットワーク、これがそのまま、外国人へのコミュニティ通訳養成に役立つかも知れません、調べてみます。

